尾瀬事件簿



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ケース1
カメラは大事だが

 以前、こんなことがありました。女性の方が「ガイドさん助けて下さい!」と叫んだ声がしたので振り返ると(ガイドは基本的に一番前にいます)、額から血をドクドク流しながら湿原に倒れているお客さんがいました。
 正直その時はなんで血だらけになって湿原に横たわっているのか分からなかったのですが、ひとまず木道まで引き上げました。一通りの応急処置をした後聞いてみたら写真に夢中になっていて木道を外れ、カメラをかばってそのまま落ちたら下の杭に頭を打ち付けてしまったようなのです。聞いただけで痛そうです。
 確かに気持ちはわかりますが、怪我をしてはせっかくの登山も台無し。写真を撮る時には足元に注意を払い、歩きながらの撮影はやめましょう。

ケース2夜行の害

 夜行のツアーで来られる方は相変わらず多いのですが、多くの登山者と接していると夜行で来られた方の表情は皆ボーとしている。本人は気付いていないようですが、話し掛けても反応が悪いし顔も青ざめているので一緒に歩いていてとても不安。山小屋で一泊すると前日の死人のような顔は消え失せ、皆さん生き生きとした表情に変わります。反応もかなりよくなり私の話しにも応えてくれるし、笑い声がいつものように聞こえてきます。
 睡眠不足はとくに後半でバテが生じてきます。足に疲れがでて、ちょっとした木道の段差に何度も転ぶ人。食べたものをもどしてしまう人。頭痛や腹痛を起こす人など症例は様々。
 ツアー料金が安いのと時間を有効利用できるので無理して来られるのでしょうが、多分そのような人たちが尾瀬に来ても、その魅力を半分と理解しないで帰ってしまうことでしょう。
 時間もお金も大事。でも、もっと大事なのはみなさん自身の身体。あまり無茶して夜行できても、全然楽しくなんかありませんよ。

ケース3膝の怪我

 尾瀬の入山者は年々高齢化が進行しております。中高年に登山ブームが広がっているためだと言われておりますが、高年者としか思えない人たちが非常に多い。
 昔、登山をやっていたと言う人も来ますが、あくまで昔の話。その間、山登りをしていなければ足腰は当然衰えてくるのですが、本人はそう思っていません。それが原因で起きてしまうのが膝の故障。特に多いのが至仏山や燧ヶ岳、三条ノ滝などの下山時での故障。膝を痛める原因は歩き方の問題と筋力の低下。つまり、10代、20代でも膝を痛めて歩けなくなるケースはままあります。
 どうしても筋力が低下すると踏ん張りがきかず惰性で下るため、膝への負担が一気に増してしまいます。下る時に飛び跳ねて着地するのも大いに問題あり。重いリュックを背負っているのを忘れていませんか?
 この膝を痛めた時の痛さは経験したものでなければわかりません。本当に一歩も足を踏み出せなくなるし、全身から脂汗が出る程の痛さです。私も高校時代に部活をしていて痛めた膝が原因で今でも登山中に痛みます。
 場合によってはガイド中、しゃがみ込みたくなる程痛むこともしばしば。もちろんお客さんを不安にさせるわけにはいかないので我慢しますが、本当に辛い。
 そのようなわけで私もかなり考えましたが、やはり下山時はステッキを有効に使うことが一番なのではないでしょうか?
 動物が4本足で体重を分散させているように、人間もステッキを2本持って下れば膝への負担も相当減ります。 人によっては危ないから使わせない方がいいという人もいますが、それは自分が使いこなせていないだけ。事前に教えてあげて、ガイドが先頭で使い方を見せればみなさん自然に憶えてくれます。もちろん怪我も減るわけですし、若い人たちでも使っています。どうも年輩の方ほど杖のイメージがあるのか、こちらが貸しても受け取ってくれないことがよくあります。気持ちを察して無理強いはしないのですが、結局自分が辛いだけなのでは。
 普段山歩きするときにも、なるべく慣れるよう利用してみてはいかがでしょう。ただ、あまりステッキに頼り過ぎてもいけませんが…。

ケース4スリップ事故

 尾瀬で最も多い事故が濡れた木道や霜で凍結した木道でのスリップによる怪我。下りがほとんどで、原因は歩き方と靴の種類によります。
 靴についてはうらやましくなる程いい靴を履いてくる人が増えましたが、それでもズックやテニスシューズのような底の平らなもを履いてくる人は必ずいます。このような人を連れて雨の中を歩くのはとても不安で、やはり1回はこけますね。笑い事で済めばいいのですが、捻挫や骨折をすると大変なことです。もっとひどいと肩を脱きゅうしたり、後頭部を強打して意識を失ったり、骨盤骨折などいろいろ。尾瀬は山奥ですから救急車なんぞ来てくれやしません。まして怪我の頻発する日は雨のことが多いので、ヘリも飛んできてくれません。結局、山小屋の人や尾瀬保護財団の方達に応援を頼み、みんなで担架を使って交代交代峠を越えることになります。
 当然、お金はかかりますしツアーの場合、別口で帰らなければならず非常に厄介なことになります。ガイド中だと他のお客さんもいるので、1人の怪我ですべてがむちゃくちゃになってしまう。そのため、雨天時は頻繁に注意を促すのですが、初心者の多い尾瀬ではどうしようにもありません。
 ここでもう一度、木道に限らず登山全般での下りの歩行方法をお教えいたしましょう。これは膝を痛めないための歩き方でもありますので、意識して行うようにしてください。
 普段平地を歩行する場合、かかとから着地するはずです。しかし、下りでこのような歩き方をして一旦スリップすると、踏ん張るものがなにもなくなり転倒するだけです。そこでどうするかというと、つま先から着地するように意識し、足裏全体でスリップするか否かを確認しながら歩くのです。相撲や柔道で行う摺り足を意識してください。この方法だとスリップしても、かかとでストップさせる余裕が残っているのでバランスも保たれます。また、みなさんがジャンプした後最初に着地するのはつま先でしょうか、かかとでしょうか?
 必ずつま先から先に着地するはずです。これは無意識になされる行動ではありますが、つま先から着地するということは、着地による衝撃を柔らかくしてくれるのです。つまり、この歩き方を下りで行っていれば膝への負担も大分軽減されることになります。
 山歩きをするのであれば、最低でもこのテクニックはマスターしていただきたいものです。これは雪道でも通用することなので、都会で雪が降った時には役立つはずです。

ケース5…冥土の土産

 よく高齢の方が冗談混じりに「ガイドさん、冥土の土産にと無理して尾瀬へ来ましたが本当にすばらしい景色を見させていただいてありがとうございました」と丁寧なお礼をいただくことがあります。本当に感動してくださってこちらも嬉しくなるのですが、年齢が70を越えるお客さんがいるときは、本当に神経がすり減ります。持病を持ってらっしゃる方が多く、とくに循環器系の疾患を経験されている方がいるときはなおさら。冥土の土産のつもりが、そのままあちらの世界に行かれては…。洒落になりません。
 尾瀬での死者の報告はあまりメディアにはのりませんが、死者は当然出ており病死の多くは心臓発作か脳溢血です。標高が高いため空気が薄いことと、気圧が低いことにより血管が膨張してしまうためでしょう。営利優先で秘密にしたい気持ちはわかりますが、それで高齢者を安易にツアーに参加させる旅行会社は無責任すぎると常日頃から思います。登山経験のほとんどないお客さんの多くは、まさかこんなに大変なところだとは思いませんでしたと必ずいいます。
 もちろん全面的に旅行会社が悪いわけではなく参加者にも問題はありますが、現場で命を預かるガイド側からすればたまったものではありません。最近はガイドに対する損害賠償請求の事例も生じておりますし…。
 基本的にガイドがお客さんを管理できる人数は12〜13人が限度です。しかし、近頃は旅行会社も経営が厳しいのか40人〜50人、ひどい会社だと80人以上の人をガイドに任せる所があります。私は極力そのような会社は避けているのですが、人数を知らされずやらされるケースがたまにあります。
 ある日のこと人数を知らないまま行くはめになり、待っていたところ人数が50人程。えてして事故が起きるのは40人以上なので嫌な気はしました。
 バスの到着が遅れていたため急いで鳩待峠まで行ったのですが、出発前にお客さんの顔色を全部チェックできる人数ではありません。一通りの注意事項を述べ、予定通り昼前に見晴の山小屋に到着したのですがあるお客さんに様子のおかしい人がいると言われました。
 その人を呼んだところ、フラフラしていてまともに立っていられないのです。本人はなんともないと言い張るのですが、頭も横にかしげたままだし、目が宙に浮いている。奥さんに病歴を訪ねたところ、1回脳溢血で倒れているとのこと。
『やばいな…』山小屋の人と相談し、急きょヘリを飛ばしてもらうことにしました。本人はせっかく尾瀬に来たのだから残りたいと主張していましたが、それを鵜のみにして大変なことになったケースは数知れず。
 後で聞いた話によると、その方はやはり脳溢血の症状が再発していたようで、もしそのまま歩いていたらあの世に行っていたかもしれないとのこと。精密検査を群馬の病院で行い退院できたのは、なんと2週間以上も先のことだったそうです。あぶね〜あぶね〜。その時は偶然にも晴れており(前日、翌日雨)食料運搬のヘリが飛んでいたこと、そして山小屋の人とヘリの運転手が顔見知りだったので、運良くヘリを飛ばすことができるというラッキーな面がありました。もし、この偶然がなかったら、本当にやばかったでしょう。

ケース6…尾瀬でも迷子になる

 迷子は普通子供をさしますが、迷ったのは大人です。情けないっす。どうも三条ノ滝へ行ったときに温泉小屋へ戻ると言う言葉だけ繰り返していたところ、温泉と名が付けば大丈夫と思ったのでしょう。なんと、標識にある渋沢温泉の方へ下ってしまったのです。もちろん方向は全く逆で、日が暮れても帰ってこないので捜索に行きました。懐中電灯一つ持っていないらしいので、迷っているかと思い暗闇の三条ノ滝や兎田代を廻りましたが見つかりません。
 もしかしてと思い無線で連絡したところ、すれ違いですでに山小屋に帰ってきているとのこと。勘弁してください。

ケース7…木道作りは大変

 これは私が直接かかわった話しではなく、仲間の背負い子(ボッカ)から聞いた話。
 背負い子は秋になれば荷物も少なくなってくるので、多くの人が木道の工事をしています。ある日、杭打ちをするのに杭を手で支えていたところ、鉄ハンマーをもろに腕にくらってしまったそうなのです。どうもハンマーを扱ったことのない子が打っていたそうで。全治1ヶ月以上で入院するはめになり、複雑骨折を通り越して粉砕骨折とのこと。聞くだけで痛そうですが、叩かれた時には『ギャー』といままで発したことのない叫び声をあげていたそうです。
 話しはかわって、木道作りに熱中していた別の背負い子が、熱中するあまり目の前に池塘があるのを忘れ見事に池塘に落ちてしまったそう。底なし沼のようで、岸もせりだしていることから這い上がるのに相当苦労したらしいです。ちょうど着替えをもっていたらしく、風邪をひかずに済んだのがせめてもの救いだったかもしれません。でも、私はちょっとうらやましく思う。なぜなら池塘に入れるなんてそう滅多に経験できないことですから。

ケース8…真夜中の喧嘩

 山小屋に泊まっての朝のこと。山小屋の人に昨晩2時ころ喧嘩があったらしいぞといわれました。はじめ、こんな山奥で喧嘩する理由が分からなかったし、なんで夜中の2時なの?と思いました。どうも宿直していた人が外で怒鳴り声がきこえるので喧嘩をしているとわかったらしいのですが、おっかなくて外にはでなかったとのこと。
 あらためて山小屋の人と現場にいってみたところ、サンダルと飲んでいたであろう酒のカップが散乱していました。こりゃ本物だったんだと確信し、さらに周りを見るとなんと『入れ歯』が落ちているではありませんか。これには笑いましたが、さぞかし本人は困っていることでしょう。
 でも、夜中の2時は見晴地区では誰もが寝ている時間。なにもそんな時間まで起きていて、ついでに尾瀬で喧嘩なんぞしなくてもいいだろうに。
 ただ、みなさんには意外かもしれませんが山で喧嘩して帰りは別々に帰ってしまう人たちも時たまいるんですよね。登山中のルートやペース、写真ばかり撮って進んでくれないなど、些細なことでわだかまりが生じ山小屋で喧嘩したあげく山小屋の御主人を困らせる登山者がいるのです。みなさん、仲良く歩きましょうよ! 

 

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