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尾瀬ヶ原は広大な湿原が広がっている、というイメージをもって来られた人たちにとって湿原内に森林があるのは不思議なようでよく質問を受けます。
このように湿原内に1本の帯状に延びている森林のことを拠水林と呼びます。拠水林に入っていただければ分かると思いますが、川が流れているはずです。いい例が竜宮小屋近辺。
樹木にとって栄養源となる無機塩類が湿原には少ないのですが、川が山から栄養分を運んでくれるため湿原の中でも樹木が育つことができたのです。では、川が流れていれば必ず拠水林はできあがるのか?
ミズバショウやニッコウキスゲが咲き乱れ、背景に至仏山をもってくる撮影スポットとして知られる下ノ大堀川には拠水林がありません。また、竜宮にもないですよね。これはどういうことかというと下ノ大堀川や竜宮の水は伏流水がかなりを占めているためなのです。伏流水とは流れていた川の水が一旦地下に潜り、下流で再び地上に出てくる川の水のことをいいます。伏流水のおもしろいところは、水量が多いときには水が地表を流れていること(ちなみに湧き水とは地下水が地上にでてきたもの)。下ノ大堀川の上流には伝之丞沢など多数の沢がありますが、ほとんどが伏流水。また、竜宮の場合も同様で上流のセン沢は伏流する部分が何百メートルもあり、しかも広い河原であるため栄養源となる表土の流出も少ないのです。両方とも表土が山から常時流れてこないのは、緩慢な水の流れを見れば推測していただけることと思います。
次に川上川のように拠水林の中央を流れておらず、西側に片寄っているケースはどう説明したらいいのでしょうか?
これは以前中央を流れていたものの、河川の氾濫によって流路が変わってしまったためだと考えられます。特に湿原を流れる川上川は猫又川の氾濫水をモロに横っ腹で受けるため、流路が変わりやすいのではないでしょうか。
このような拠水林も川の生成過程や森林の発達段階の違いにより景観や構成する植物も異なってきます。初期段階のものは下ノ大堀川とヨッピ川との合流地点付近に見られ、ヤチダモ、オノエヤナギ、ダケカンバ、シナノキからなっています。最盛期の段階は沼尻川やヨッピ川河畔に見られ、ハルニレを主体とする巨木林で構成され、六兵衛堀の流水のない帯状の森林が衰退期とされています。
拠水林の状態を観察するには、至仏山や燧ヶ岳から眺めるのが一番でしょう。この景色を見る度に、湿原と拠水林が織り成す幾何学模様の美しさにしばし時を忘れてしまいますが、自然の創造性の力に畏怖の念を感じずにはいられません。