『竜宮』とは竜宮小屋近くにある伏流水のことで、見学するための木道があるのですが通り過ぎてしまう人がほとんど。尾瀬ヶ原の湿原の中身を目に見える形で表わしてくれているので、是非見ていただきたい所です。特に春先は水量が多いせいか至る所から水が吹き出しているし、渦を巻いている状態を見ることができます。
尾瀬ヶ原は湿原に被われているため水の流れが目で確認できませんが、その下には竜宮のような水脈がいくつも存在しているのです。
竜宮の入口、出口には水深2m以上の淵があり、入口に流れ込んできた水が地中に潜り、50m程先の出口から再び地上に湧き出してきています。その間は人が通れる程のトンネルがあるそうで、それゆえ竜宮城に繋がっているのではないかといわれたことから竜宮と名付けられたそうです。また、雪代期の増水時には入口の淵が渦を巻いてトンネル内に水を吸い込んでおり、それが竜の口に似ていることから竜口→竜宮と言われるようになったとも伝えられております。
ちなみに、昔の竜宮小屋は、入り口付近にありました。
トンネルの生成については、小川の岸が両側から少しずつせり出し、ひさし状となり最終的に上が湿原で被われてしまったという意見もありますが、私はもともとあった伏流水の流路が除々に広がり現在のトンネル状になったのではないかという考えの方を支持します。それと竜宮をカルスト地形といったりしますが、カルストとは侵食された石灰岩台地をさすので泥炭層で構成される湿原の中では考えがたいです。
なお、石灰岩は景鶴山や与作岳、八海山(背中アブリ山)などに分布する檜枝岐層にあり、砂岩や頁岩に挟まれています。この石灰岩は古生代二畳期後期(約2億年以上前)のものでウミユリやフズリナを産出するそう。
竜宮はいつ見つかったのか!じつは、尾瀬のダム工事計画の測量調査をしていたときに発見されました。尾瀬の重要性を認識させられる竜宮が、ダム工事の測量調査時に発見されたというのも皮肉な話ですね。
そもそもダム工事計画とは尾瀬沼の水を尾瀬ヶ原に貯水する途中で発電用に用い、さらに尾瀬ヶ原をダム化して至仏山の山腹にトンネルを掘って群馬県水上町に落として二ケ所で発電するもの。もともと尾瀬のすべての水は福島、新潟に流れるものなので太平洋側に水を流すダム工事計画は当然、福島、新潟が反対しました。尾瀬ヶ原の地主たる東京電力は実行したかったのですが昭和28年に環境庁が日光国立公園特別保護地区に指定、35年には文部省が特別天然記念物に指定。その後、安定したかに見えたが奥鬼怒スーパー林道計画の公示による問題などなど…。
なぜかしら竜宮を見る度これら歴史の流れが、頭をよぎってしまいます。昔の方々はよく守ってくださいました。後の世代である私たちにとっては感謝の気持ちでいっぱいです。