昭和24年にNHKラジオで「夏の思いで」が流れて以来、浮島はやたら有名になってしまいました。ちなみに私はガイドでありながら歌えません。世代が違うからとタカをくくってっていたところ、年輩の方のみならず小学生や中学生が合唱しているではありませんか!下手につっこまれると立場上困るので適当に歩いていますが、今でも冷や汗もの(覚える気なし)。ガイドが覚えていなくたっていいじゃないかと自分をなぐさめつつ、日々、学生の案内をするとき、シャクナゲ、浮島なるキーワードの発言を控えております(最低なガイドだ!)。
私にとって鬼門ともいえる浮島君。気になるがゆえに頭から離れない不思議な物体。『なんで浮いとんねん!』どうしてもツッコミをいれたくなる浮島君。流れに逆らわず、自由気ままに泳ぎ続ける浮島君は私の憧れの存在。ちょっと話しがズレてきてしまいましたか…。
こういうものは科学しない方が神秘性があって胸がワクワクしてきますが、もったいぶっても仕方がないのでお話しましょう。
昔は子供から大人まで、浮島に乗って遊んだと聞きますが羨ましい限り(また、失言してしまいました)。この浮島にもノンビリしていられる余裕はなかったようで、台風が来て川が氾濫すれば流されてヨッピ川辺りの木の枝にひっかかったり、最悪、三条ノ滝まで流れてしまい木っ端みじんになった輩もいたりと、なかなか天寿をまっとうできないらしい。気の毒に感じた山小屋や背負子(ボッカ)の人達が台風一過の後には「えっちら、ほっちら」とみんなで協力して池塘まで運んでくれたりするそうで、意外と手厚い保護がなされています。
先程池塘は天寿をまっとうできないと書きましたが、じつは浮島にも寿命があります。もともと浮島とは、池塘の底部や固定島の軽石層部分が剥がれたり、岸辺のせり出した部分が剥がれるなどして、気温の上昇に伴いガスを含み軽くなって浮いてくるのです。
それゆえ、寿命となるのは内部のガスが蒸発したときで再び池塘の底へと沈んでいってしまいます。
この貴重な浮島を木道上で見ることができるのは、研究見本園と上ノ大堀川手前の右側の池塘。とくに上ノ大堀川手前にある池塘は至仏山からの西風の影響のためか、いつも東側の隅っこにいて目立ちません。そのため、東側に向かってゆらゆら移動しているときは、感慨もひとしおです。つまり、「夏の思いで」で歌われているように浮島がゆらゆらと浮いている状況は、そうめったにお目にかかれないということ。是非みなさんも、この浮島をなんとかして探してみてはいかがでしょうか。
浮島は池塘の中央にある固定島と勘違いしやすいのですが、基本的に浮島は浮いているがゆえ風の影響を受けて岸辺にくっついています。まん中にあるのは底とくっついた固定島である可能性が高いので騙されないで下さいね。