背負い子(ボッカ)の気持ち



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 背負い子は尾瀬の風物詩的存在でもあり年輩者がしているように思われがちですが、過酷な仕事のため年齢も20〜30代の人がほとんどです。私と年齢の近い人が結構いるので話をする機会も多いのですが、ガイドへの注文や困った登山者の話しをよく聞きます。その中でも登山者に知っていただきたいことがあるのでページを設けることにしました。
 昔は戸倉からアヤメ平を経て尾瀬ヶ原の山小屋に荷物を運んでおり、馬なども利用されていたようです。そのため田代原の近くにある池で馬を休憩させていたのでその池を馬洗淵とよんでいました。
 昔、背負い子をやっていた人は荷物を担ぎながら峠を登り下りしていたので、現在のように鳩待峠からのスタートは、半分終わっているようなものだと言います。しかし、重さ自体は昔と変わっていないので大変さに変わりはないでしょう。また、帰りにも荷物を背負えば鳩待峠まで登らなければなりません。

 最もみなさんに知って頂きたいことは、彼等が仕事中であり限界ギリギリの状態で歩いていること。鳩待峠〜山ノ鼻なら雨の日や積雪期、霜の降りた日の下りの木道はスリップの危険が常につきまといますし、尾瀬ヶ原では風にあおられて湿原に落ちる危険があります。また、雪代期や台風シーズンには冠水した木道上を歩かなければなりません。
 早い話、話しかけられても答える余裕などないのです。特に尾瀬はたくさんの人が入山して来ますから、毎日数十人以上会う度質問に答えていたらそれだけで神経がすり減り集中できないでしょう。「重そうな荷物持ってますね」、「どれくらいの重さ?」、「一緒に写真撮ってください」、「お兄さんいくつ(何歳)」…。
 実際私もガイド中は山の挨拶『こんにちわ』にはほとんど返事をいたしません。毎日、通り過ぎる人に挨拶をしていたら喉がおかしくなるし仕事にならないからです。もちろん、人気の少ない山でしたら挨拶はしますが、尾瀬の場合挨拶は本当に疲れるし辛い。あれは、なんとかならないかな〜。
 また、背負い子にとってツアー会社による長い列も苦しいものです。重い荷物を背負っているのですぐに追いこすことはできないし、2車線占拠されるとどうしようもありません。自分のペースも乱れて集中力も落ちてしまうので結構危険なのです。右側通行の意味はこのような部分でも重要となります。
 先程書いたように、仕事中であることから写真を撮るのもルール違反ですよね。汗水垂らして必死に歩いている所で通行を妨げつつ写真を撮られては、誰でも気分が良くないはずです。
 口うるさいことは余り言いたくないのですが、必死に尾瀬の裏方としてがんばっている仲間のためにも、以下の3つの事項を心にとめておいていただけないでしょうか。

1、歩行中は話しかけないよう
2、道を譲ってあげてください
3、写真を撮らないように(後ろ姿ならいいです)

 みなさんにとって初めて見る背負い子の荷物の量はすごいと思うでしょうし、いろいろ聞いてみたいことがあると思いますので、私が背負い子に代わって疑問にお答えいたします。


Q1、どれぐらいの重さなのですか?
A1、人それぞれですが、ハイシーズンで80〜120kg程です。ただし、背負い始めの5月頃は身体を慣れさせるため50kg程から始め徐々に荷を増やしていくそうです。

Q2、転ぶこともあるのですか?
A2、多ありです!みんないろいろ苦労しているようで、木道から川辺に落ちたり湿原に落ちたりなど様々。特に80kg以上の荷を背負っているので下敷きになるのが最も危険。最近の木道は高架化しているので落ちればやばいでしょう(特に池塘)。実際、下敷きにならなくても膝や足首を捻ったりと怪我も多いようですし、背負っていた荷物がペンキで、転倒した拍子に頭からかぶってしまったという悲惨な状況も見ました。いや〜、会った時は彼に何が起きたのかわかりませんでした。

Q3、健康そうですね〜
A3、何を言っているんですか!身体はボロボロです。五体満足な人は少なく、膝や腰、肩を痛めているケースがほとんどで、その大変さが伺えます。でも、みんな山が好きだからがんばっているんだよな〜。

Q4、バイトでやっているんですか?
A4、バイトで勤まりゃしません。冗談で誘われましたが『俺にできるわけがない』と即答しました。みんなシーズン中、専門でやっていて片品村や利根村などに住んでいます。

Q5、どこまで運ぶのですか?
A5、一番遠い所で温泉小屋方面の赤田代まで。近い所は山ノ鼻で、この場合2往復となります。基本的にはローテーションになっているようです。

 だいたい分かっていただけたでしょうか?えっ、給料はいくらだって?そんな野暮な質問はしないでくださいよ…。それではみなさん、背負い子のために御協力お願い致します。

 


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